高校卒業礼拝より ~高3生徒
高3卒業生の言葉です。広島女学院での6年間で得たものについて、語ってくれました。
長いですが、ぜひ読んでいただきたいです。
まず卒業にあたり、私達の6年間の女学院生活を支えて下さった全ての方々に卒業生を代表してお礼申し上げます。受験のための勉強だけでなく人生において大切なことを教えて下さった先生方、いつも自分のことよりも私達子供のことを考え、一番の味方でいてくれた家族、私達が学生生活を快適に送れるようサポートして下さった事務の方々、寒い日も暑い日も朝から晩まで私達の安全を守って下さった警備の方々、毎朝全校生徒に気持ちの良いあいさつをして下さった技術職員の方々、いつも素敵な笑顔でおいしいご飯を作って下さった食堂の方々、みなさんのサポートなしでは私達は今日という卒業の日を迎えることはできませんでした。本当にありがとうございました。
さて、チャールズチャップリンの言葉に、次のようなものがあります。「人生はクローズアップして見れば悲劇であるが、ロングショットで見れば喜劇である。」私はこの「人生」という部分を「女学院生活」に置き換えるととても納得します。楽しいことだけではなかった女学院生活、思い起こせば数々のつらい思い出や悲しかった出来事があります。それらをクローズアップして当時のことを思い出すと、決して「今ではいい思い出」と笑いながら消化できるものばかりではありません。しかし、卒業する今、この女学院での6年間をロングショットで見たとき、やはり女学院生活は「楽しかった」の一言に尽きます。それは、つらかった思い出も全部、自分の財産になっているからだと思います。こうやって、つらい出来事を忘れてしまうのではなく財産として自分の糧に出来るのが、女学院生の良いところです。そんなエネルギッシュな女学院生だからこそ、私達は今「楽しかった」という一言と共に女学院の6年間という喜劇を終わらせることが出来るのだと思います。
大好きな女学院での日々で特に輝いていたのが、体育大会や文化祭などの行事です。体育大会の五色対抗リレーでは鼓膜が破れるのではないかというほどみんなで必死に叫んだり、着せつけ競争で変装した先生方をみて失礼なほどゲラゲラ笑いながらその勇姿をたくさんカメラに収めました。私達の学年から初めて行われたチャレンジキャンプでは、広島で一番高い山に登るという、いかにも大変そうな趣旨にやる気をなくし、お風呂がないという事実に驚愕し、トイレに生息する大量の虫に悲鳴をあげました。しかし結局無理だと思っていた登山も高校生のリーダーの方々の力を借りて無事山頂まで登ることができ、最初は虫に悲鳴をあげていた私達も、帰るときにはみんな虫を見てもほとんど動じないほど成長することができました。文化祭では私達が高1になった年から二日間行っていた文化祭が一日に縮小され、さらにHR発表は高1高2合同ですることとなり、生徒の間で混乱が広がりました。しかし、そういった事態にも文句を言って終わるのではなく、しっかり自分たちのしたいことを全力でやり遂げるのが女学院生。当時私は文化祭実行委員だったのですが、高2の先輩方と共同で作業することで、自分たちでは思いつかなかったアイディアをもらったり、初めてのHR発表で分からないことがたくさんあって不安でも、すぐに先輩に相談できたりと、自分たちだけでやるよりもはるかにいいものを発表できました。
こうやって楽しかった行事を思い出せばきりがなく、本当にどれもキラキラしてかけがえのない思い出です。今思えば行事だけではなく日々の授業やお弁当の時間も大切な時間でした。
また、礼拝は私達女学院生には欠かせないものでした。私は中1の頃から礼拝が好きで、特に、自分の経験がかつての礼拝で言われていた話とリンクした瞬間が大好きです。中1の頃は礼拝で隣人愛といわれても全くピンとこなかったのが、学年が上がるにつれて徐々に理解していき、高2で聖書袋をつくったとき、「顔も知らない誰かのために見返りを求めず愛を込めたプレゼントを贈る、これが隣人愛か!」と、ストンと腑に落ちました。礼拝で話を聞くことで、自分の思考の引き出しが増えます。女学院生は知らぬ間にその礼拝で得たたくさんの引き出しを勉強や、平和学習の際に役立てている気がします。私は三年間宗教委員をやっていたのですが、宗教委員会の中で先生から、昔と比べて礼拝の時間がどんどん短くなっているという話を聞きました。礼拝は、例えどれだけ短くなったとしても、決してなくなってはならない、女学院の命であると思います。私は、この女学院の礼拝という素敵な伝統が残り続けることを心から願います。
女学院の6年間を語る上で何を置いてもはずせないのが友達の存在です。同じクラスでいつも一緒に行動した友達、部活で仲を深めた友達、地元が一緒の友達、一度も同じクラスになったことがないのにいつの間にか仲良くなっていた友達など、たくさんの友達に支えられて私は今卒業します。間違ったことをした時はお互いきちんと叱り合って、嬉しい時は自分のことみたいに一緒に喜び合いながら、6年間を共に過ごしてきたこれらの大切な友達と離れてしまうのが何よりも辛く、もうこれからは女学院でみんなと楽しい思い出を作れないのかと思うと本当に悲しくなりますが、女学院生はきっと死ぬまで女学院生なので、きっと何年後かに同窓会で集まって当時の事を思い出して笑ったり、女学院ではないどこかでまた新たな楽しい思い出をつくるのではないかと思います。そしてそんな日が来ることを、卒業する今から楽しみに待っています。
私が個人的に大きく成長することになったきっかけは、やはり部活です。私は中高6年間演劇部に所属していました。演劇部は練習はほぼ毎日、上下関係も厳しく、先輩からの指導も容赦がないというなかなかハードな部活でした。しかし、その練習を乗り越えて舞台を完成させた時の感覚はなんとも言葉にし難い喜びで、達成感とか感動などという言葉では片付けられない感覚です。その感覚を味わうために、私達は毎日毎日練習し、何度もケンカをしてきました。スタッフとキャストの意識の差が問題になってケンカに発展したり、最高学年になって後輩への指導はもちろん、同級生同士でも演技指導をしなければならない大変さを知ったり、良い劇をつくるために心を鬼にして後輩を怒ったり、朝練の遅刻が増えて部の雰囲気が悪くなったり、やりたい役がかぶってお互いどうしても譲れなかったり、顧問の先生にえらそうな事を言ったり、たくさん馬鹿なことをして、たくさん学びました。厳しい指導やケンカは、部の仲が悪いからではなく、むしろみんなが劇に本気だから熱くもなるし、ぶつかり合っていたのだと思います。そうやってぶつかりあいながら共に演劇をしてきた仲間、先輩、後輩、そして顧問の先生は私にとって一生の宝です。そしてみんなと出会うきっかけを作ってくれた女学院に本当に感謝しています。
私が演劇部で学んだ事の中で一番大きかったことは、「自ら考え、自ら行動する」ということです。演劇部の教訓ともいえるこのことは、特に中学の時に徹底されました。先輩から言われたことだけをするのではなく、何か他に部のために出来ることはないかを考え、実行するというものです。高校生になってそれが根付いてきた頃、この教訓は部活に限らず、あらゆる場面で大切なことだな、と実感するようになりました。なんでも目の前に出される課題をこなすだけで良い中学生とは違い、高校生はなにか自分からクリエイトしなければならない機会が増えます。今年のピーススタディーズでは特にその重要性を実感しました。平和学習とは模範解答や全員の意見一致を求めるものではなく、むしろ多種多様な意見を共有し、それらの意見を全ては反映できなくても、よりよい平和実現への道を探していくことであると思います。そのような答えのない「平和」という課題に取り組むことは、用意された答えを当てるのとは訳が違います。そこでは、学校から「こんな意見が欲しい」と要求されることはありません。何を言っても良い、選択肢もない、誰からも何も言われないという自由の中で自分の意見を持つことが、どれほど難しいことであるかを私は痛感しました。ヒントがない中で、自分で考えて、自分なりの答えを出さなければならない、これこそ、「自ら考え、自ら行動する」力が問われます。
きっとこれからの人生、答えのあるものより答えのないものを考える方がはるかに多いと思います。そんな中で、女学院の平和学習で「自ら考え、自ら行動する」力を身につけてきた女学院生は誰の言葉にもぶれない強さを持っていると思います。
この6年間で経験した楽しかったこと、つらかったこと、全てを自分の糧として、広島女学院の生徒であったことを誇りに思い、私達はそれぞれの道を歩んでいきます。
以上をもちまして卒業の言葉とさせて頂きます。ありがとうございました。